福岡県の有名旅館の浴槽水から基準値の3700倍のレジオネラ属菌が検出されたという報道に接して、2000~2003年にかけて全国の浴場施設で発生し、15名もの死者を出したレジオネラ感染症を思い出して、旅館の大浴場の安全性に疑問を感じる方も多いと思います。
今回の事例は、基準値の3700倍のレジオネラ属菌検出もさることながら、むしろ浴槽水を年2回しか入れ替えなかった管理方法のほうが、重大な法令違反であり危険な行為だったのです。
浴槽水の入れ替え(換水)が年2回ということは、浴槽を年2回しか洗浄消毒していなかったということで、浴槽の底に丸い石が敷きこまれていたとの報道が正しいとすれば、この浴槽はレジオネラ属菌の繁殖に最適な環境であったことになり、実際には基準値の3700倍という検出数以上のレジオネラ属菌が繁殖していたのではないかと思われます。
浴場の衛生管理については、「旅館業における衛生等管理要領」で細かく定められており、そのうち大浴場の日常作業に関係する規定を以下に記し、注意を喚起したいと思います。
(1)浴槽は(イ)毎日完全に換水して清掃する、これにより難い場合(ロ)には1週間に1回以上完全に換水して浴槽を清掃すること。
→(イ)は「かけ流し浴槽」(ロ)は「循環式浴槽」に対する規定です。なお、かけ流し浴槽とは、浴槽に流し入れた温泉を浴槽の上縁からあふれさせてそのまま放流している浴槽のことで、温泉が豊富に湧き出ている温泉地しか設置できないので、その数は多くありません。
(2)ろ過器は1週間に1回以上十分に逆洗浄して汚れを排出し、ろ過器および循環配管は適切な消毒方法で生物膜を除去すること。
→生物膜とは微生物や病原菌が繁殖する配管の内面に付着したヌルヌルしたスケールです。
(3)図面等で浴槽周りの配管の状況を正確に把握し、不要な配管を除去すること。
→この規定は、浴槽周りの配管の正確な施工図が残されていることはほとんどないため、浴槽水の循環に必要ない配管が残置されて浴槽水が滞留し、レジオネラ属菌が繁殖する場合もあるのです。
(4)浴槽水位計の配管は、少なくとも週1回適切な方法で生物膜を除去する。
→浴槽と水位計を接続する配管内には、消毒剤を含んだ浴槽水が循環しないため、生物膜が生成されやすくレジオネラ属菌が繁殖しやすいため定められました。
(5)シャワーは週に1回内部の水が置き換わるように通水し、シャワーヘッドとホースは6カ月に1回以上点検するとともに、内部の汚れとスケールを1年に1回以上洗浄消毒する。
(6)貯湯槽は常に60度以上、給湯の最大使用時にも55度以上を維持する。維持できない場合には消毒装置を設置し、貯湯槽は完全に排水できる構造とする。
→この規定により60度以下の温泉を貯留する場合は、貯留タンクは消毒装置を設置するか、加熱装置を設置して60度以上に維持しなければなりません。
(7)浴槽水は塩素系薬剤を使用して消毒し通常、残留塩素濃度を1リットル当たり0.4ミリグラム以上1.0ミリグラム以下に調整する。ただしオゾン殺菌等他の適切な消毒方法でもよいとしている。
(8)浴槽に補給する給水あるいは給湯の注入口は、循環配管に接続せず浴槽水面の上部から浴槽に落とし込む構造とする。
→循環配管に給水や給湯を直接接続することは建築基準法で禁止しているクロスコネクションに該当しますが、実際には多くの旅館で直接接続されており、給水や給湯に浴槽水が逆流する危険があるので、早急に逆流防止装置を設置するなど改善することを検討してください。
(9)循環ろ過した浴槽水は、浴槽の底面に近い位置から吐出させること。
→実際には循環湯を浴槽の水面上から落とし入れている例が多いが、湯が水面上に落下すると目には見えない微細な水滴(エアロゾル)が発生して、レジオネラ属菌をまき散らすのでエアロゾルが拡散しないように遮蔽(しゃへい)板を設けるか、湯口を布で覆うなどの対策を検討してください。
(10)循環式浴槽に気泡発生装置を設置してはならない。
→条例で禁止している自治体もあり気泡発生装置を撤去した旅館もあります。
(11)打たせ湯およびシャワーには循環している浴槽水を使用しないこと。
(12)循環式浴槽のろ過循環ポンプは常時運転し、ろ過器、消毒装置を常に作動させること。
(13)露天風呂の周囲の植栽がある場合には、浴槽に土が入り込まないよう注意すること。
以上、大浴場の安全性確保を目的とした規定について記しましたが、残念ながら当委員会で調査した限り、上記の規定に反した設備が多くの旅館で使われていました。
しかし、旅館の大浴場の改修は、休館しない限り工事できないので、常に危険性があることを念頭に置いて、上記の(4)(5)(7)(9)(10)(11)(12)(13)などは比較的改めやすいことから対処し、施設内の給水や給湯の汚染につながる(8)のクロスコネクションは、早急に給水管や給湯管に逆流防止装置を設置することを計画してください。
以上、大浴場の安全性について記しましたが、温泉旅館の重要な商品である大浴場の安全性確保は、浴槽や浴場の定期的な洗浄と消毒という絶対条件を、関係者全員が共有して対処することで達成され、わが国独特の宿泊体系である温泉旅館を、文化遺産として後世に残すことができるのではないでしょうか。
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おがわ・まさみつ 早稲田大学第一理工学部建築学科卒。TOTO機器、西原衛生工業所、森村設計を経て、ユニ設備設計社長、現・会長。レジオネラ関連の対策、指針の策定、事故発生施設の調査などに携わった経験を持つ。技術士(衛生工学)、一級建築士、設備設計一級建築士。